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鎌倉・江の島七福神めぐり
鎌倉・江の島七福神めぐり 行程 浄智寺(布袋尊)→ 鶴岡八幡宮(弁財天)→ 宝戒寺(毘沙門天)→妙隆寺(寿老人)→ 本覚寺(夷尊神)→(江ノ電で鎌倉から長谷へ)→ 御霊神社(福禄寿)→ 長谷寺(大黒天)→江島神社 ...続きを見る

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2018/11/18 15:54
江の島の漢詩を吟ずる。
江の島の漢詩を吟ずる。 絵島 菅茶山(1748~1827)  文化11年(1814)漢詩人で頼山陽の師である菅茶山は、福山藩主阿部正精(まさきよ)に呼ばれて江戸に行き、翌年帰国の途につき、2月28日鎌倉の鶴岡八幡宮寺や大仏などに詣で、七里ガ浜を経て江の島に参詣し、この時聳える富士山と海に浮かぶ江の島の景色に感動して「江島」は作られたものです。 山陽諸島列成隣(山陽の諸島列して隣を成す) 佳境各堪誇北人(佳境各北人に誇るに堪えたり) 一事唯難及斯地(一事唯斯の地に及び難し) 芙蓉隔海露全身(芙蓉海を隔てて全身を... ...続きを見る

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2018/11/03 21:19
『紀伊上臈(きいじょうろう)杜鵑(ほととぎす)(多年草)』
『紀伊上臈(きいじょうろう)杜鵑(ほととぎす)(多年草)』 紀伊半島に分布し、艶やかで高貴な花姿を上臈(江戸幕府大奥の職名で地位が高く優美な貴婦人)に見立てたとされています。 自生地紀伊半島の山中などで湿った崖に生え茎を垂らしています。山野草として楽しむほか、切り花、茶花としても評価が高く人気です。鑑賞価値が高く自生地では年々減少してるため環境省のレードデータブックでは絶滅危惧U類に指定されています。上臈杜鵑に似ていますが、葉が細くて光沢があるところで判別できます。 *育て方・置場所 晩秋から春先は外の日当り、晩春からは日陰で管理、夏の強い日射... ...続きを見る

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2018/10/14 18:00
湘南くじら館10周年記念企画「相州長後旅籠屋ものがたり」
湘南くじら館10周年記念企画「相州長後旅籠屋ものがたり」  羽根澤屋は、文政5年(1822)今の長後・藪鼻宿で旅籠を開業した老舗です。明治19年(1886)には藤沢で有名な自由民権家平野友輔が旅館の一室を借り、医院を開業していました。また、明治27年(1894)伊勢丹の創業者小菅丹治(湘南台出身)の指導を受け、近代商法による呉服店を開業し併営していました。  呉服商は今でも続けられていますが、裏に資料館があります。江戸時代の水鉄砲式ポンプ、消防の半纏、軒吊り看板をはじめ当時の生活用品、古文書類など大変貴重な資料が残されています。  江戸時代の劇... ...続きを見る

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2018/10/08 15:20
願行上人
願行上人 鎌倉時代、鎌倉大楽寺の願行上人は一時の輝きを失っていた大山寺の再興を江の島の岩屋本宮に籠って祈願し、自ら鉄造不動明王並びに矜迦(こんが)羅(ら)・制吒迦(せいたか)の二童子を鋳造し、大山寺のご本尊にしています。 願行上人は、修行時代、高野山の意(い)教(きょう)上人の教えを受け、意教上人について鎌倉に下り、ある日、上人に「お前の欲しいものは何だね。」と聞かれ、「私は名誉も利益も望みません。ただ仏法を伝授して下さるならば、誠にありがたいことに思っています。」と答えました。上人は... ...続きを見る

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2018/10/01 06:19
東京オリンピックと江の島
東京オリンピックと江の島 昭和15年(1940)、第12回東京オリンピックが第2次世界大戦で中止、戦後昭和39年(1964)第18回東京オリンピックがアジア最初のオリンピックとして開催されました。参加94ヵ国、東海道新幹線が開通し、開会式のあった10月10日はのちに「体育の日」となりました。当時の国家予算の4分の1を投入したといわれています。 第18回東京オリンピックは昭和34年に決まり、神奈川県では横浜の富岡海岸が有力視されましたが、米軍の接収地で返還が実現せず、代替地を探す必要に迫られました。そこで注目を集めた... ...続きを見る

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2018/09/09 15:07
春日局の位牌及び茶臼・茶釜(綾瀬市「済運寺」蔵)
春日局の位牌及び茶臼・茶釜(綾瀬市「済運寺」蔵) 綾瀬市市制40周年記念「歴史展」〜目久尻流域の文化財〜(平成30年8月2日〜21日)  「歴史展」で済運寺で寺宝として大切に保管されている春日局が使用したと伝えられる茶臼と茶釜を見ることができた。三代将軍家光の乳母である春日局(かすがのつぼね)(お福)が、将軍家光から化粧料として吉岡・用田等8ヶ村に三千石の所領を与えられ、済運寺の南に春日屋敷を造ったときに、観音領として畑10石5斗と山林・竹林の地を寄進したと伝えられている。春日屋敷は局が大山参詣の... ...続きを見る

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2018/09/02 08:00
孫の絵
孫の絵 /> 上の絵@2018.08月12日(日)横浜美術館「モネそれからの100年」鑑賞の時に頂く。A2018.04.25高校に入学、美術部に入部B2011年(平成23).01.27幼稚園年長組の時頂く。 ...続きを見る

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2018/08/13 08:07
江の島おどり
江の島おどり 江の島おどり      作歌 小寺融吉      作曲 中山晋平      唄  富田房枝   ...続きを見る

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2018/08/04 22:40
静御前
静御前  静御前は、歌や舞を職業とする女性で、このような女性は「白拍子」と呼ばれていました。静の母親は磯(いその)禅師(ぜんじ)といい、やはり白拍子でした。静と義経とが出会ったのは、源平の合戦のあと、義経が京都に帰ってからといわれております。舞の名人、静は、いつしか義経を深く慕うようになります。  白拍子は、烏帽子をかぶり、水干(すいかん)という着物を着て、刀を差し、男性の格好をし、扇をもって、「今様」)(今風の歌)をうたいながら、舞を舞います。宴会の席などに呼ばれて、芸を披露するのが仕事です。  ... ...続きを見る

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2018/08/03 21:31
昔話「影取池」
昔話「影取池」 むかし、藤沢宿のはずれの大鋸(だいぎり)に、森というお大尽(だいじん)がいた。広い屋敷には、白壁の土蔵がいくむねもならび、朝日、夕日にはえていた。その土蔵の一つに、いつのまにか一ぴきの蛇が、すみついていた。森家の大旦那は、「蛇は、水神さまのお使いじゃ」と、おはんと名づけ、 酒や米をあたえてだいじに育てていた。おはんは、おかげで何不自由なく暮らし、十年もたつと大蛇となり、一日に米一斗、 酒五升も平らげるほどになった。そのころから、森家の暮しは、だんだんかたむき、大旦那が亡くなって、 若旦... ...続きを見る

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2018/08/03 21:13
昔話「小栗判官照手姫」
昔話「小栗判官照手姫」 昔、常陸国真壁郡の小栗城に、 小栗孫三郎満重(みつしげ)という大名がいた。満重は、知勇ともにすぐれたりっぱな人で、当時、関東管領(かんれい)として、 関八州を治めていた足利持(もち)氏(うじ)に、深く信用されていた。しかし、そのために他の大名たちからは、ねたまれるようになっていった。 大名たちは、持氏に向かって、「小栗城主満重は、自分が関東管領になりたくて、ひそかに謀反(むほん)の機会をうかがっております」と、告げ口をした。これを真にうけた持氏は、大軍をさしむけて、小栗城を攻め落として... ...続きを見る

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2018/08/01 06:46
白浪五人男
白浪五人男   歌舞伎の演目『青砥稿花紅彩画』、通称『白浪五人男」で知られる「弁天小僧」は、河竹黙阿弥が、当時十九歳の十三代市村羽左衛門、後の五代目尾上菊五郎(本名寺島清)のために創作した狂言の一つです。   「弁天小僧」は、江の島の旅館「岩本楼」が「岩本院」というお寺の時代の稚児がモデルです。文久二年(一八六二)、江戸市村座で初演、菊五郎の出世作となり、以後尾上家の芸として繰り返し上演されています。  まずは、浜松屋店世先の場と蔵前の場のあらすじです。 ...続きを見る

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2018/07/12 19:19
昔話 杉山検校
昔話 杉山検校   昔、伊勢の国(現三重県)に、杉山和一という子供がいた。和一は、幼少の時病気がもとで目が見えなくなった。そこで江戸へ出て、山瀬検校のもとに入門して鍼術、鍼を学んだが、物覚えが悪く、いっこうに上達しなかった。師匠のおかみさんが見かねて、江の島弁財天に祈願をすすめてくれた。さっそく和一は、江の島の岩本院を訪ねたが、身形(みなり)がみすぼらしかったので、霊場である岩屋に入ることは許されず、島の外に追放されそうになった。その時、下之坊に親切なお坊さんがいて、その身柄を預かり、和一からこれまでの経緯... ...続きを見る

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2018/07/12 19:03
昔話 弁天様と五頭龍
昔話 弁天様と五頭龍   平成六年(一九九四)三月十六日片瀬小学校(創立時「臨海学舎」)で創立百二十周年記念式典がありまして、この時、皆様が得難い宝を後世に残そうと、平成九年に冊子「お話、片瀬・江の島小ども風土記」を編集、その中に昔話「弁天様と五頭龍」があります。  昔話「弁天様と五頭竜」  むか―し、むかし、千五百年もの大むかしのこと 。鎌倉の深沢の山ん中に底なし沼があったそうだ。 沼のまわりは、うっそうと原始林がおいしげり、昼なおくらく、そこには、やせこけたおおかみがたむろしておったそうだ。 道に迷っ... ...続きを見る

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2018/07/11 18:39
平成30年江の島八坂神社天王祭日程
平成30年江の島八坂神社天王祭日程 御祭・着御祭(お旅)  7月3日(火)午後  4:30 八坂神社集合、祭典執行(神事)         〃   5:00 神輿を御仮宮(おかりみや)に降ろします。          〃   6:00 子供みこし 出発(御仮宮) 江島神社の境内にある末社・八坂神社で神輿に御霊(みたま)を移す出御祭が行われ、おわると神輿を御仮宮(瑞(ずい)心(しん)門(もん)下)に降ろし、神輿を安置、着御祭を行います。(現在の出御祭は本祭りの7日前から5日前に変わっています。) 宵宮(よいみや)... ...続きを見る

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2018/06/22 09:39
徳常院(小田原)延命地蔵尊
徳常院(小田原)延命地蔵尊 徳常院(小田原)の地蔵尊像 ...続きを見る

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2018/04/15 10:04
第48回民謡民舞研究発表大会
第48回民謡民舞研究発表大会 平成30年4月8日(日)藤沢市民会館大ホール  第48回民謡民舞研究発表大会にて1964年東京オリンピックの「江の島ヨット音頭」唄(藤房会)と踊り(江の島さざ波会)を披露、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催の機運を高める。 ...続きを見る

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2018/04/13 19:55
藤沢宿
藤沢宿 旧藤沢宿の歩み *藤沢は旧東海道を境として北側の相模原台地と南側の湘南砂丘から成り立っている。 *鎌倉時代の正中(しょうちゅう)2年(1325)遊行4代呑海上人によって「遊行寺」が創建され、以後門前町として 栄えた。 *延文(えんぶん)元年(1356)、遊行寺の梵鐘(市内最古)ができた。遊行8代渡船上人の時に沙弥(しゃみ)給阿 が願主となって物部光連(もののべみつつれ)が鋳た鐘である。この時点で遊行寺が完成されたといわれてい  る。 *応(おう)永(えい)22年(1415)遊行寺及び... ...続きを見る

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2018/03/10 12:51
宇賀神と弁才天
宇賀神と弁才天   弁才天は、白蛇を神として祀った宇賀神と習合して、頭上に翁面蛇体の抱く姿の宇賀弁才天が広く信仰されている。宇賀弁才天は、八臂像の作例が多く、日本独自(偽経)もので、『金光明経』の八臂弁才天がすべて武器なのに対し、新たに「宝珠」と「鍵」が加えられて、福徳神・財宝神としての性格がより強くなっている。また弁才天には「十五童子」が眷属として従うが、これも宇賀弁才天の偽経によるものといわれている。 ...続きを見る

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2018/02/23 06:32

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